真空管を使用したオーディオアンプにおいても、電源の整流回路は真空管ではなくダイオードを使用するのが一般的です。一方、真空管による整流回路を用いたアンプに魅力を感じるという意見も多くあります。
ここでは、平滑用コンデンサへのリップル電流、ダイオードにおける極性反転時の逆電流に注目し真空管とダイオードを比較検討します。またリップル電流低減方法としてリップル電流低減抵抗の設置が良いと思っています。
平滑コンデンサにはコンデンサの電圧より電源側の電圧が高くなる期間に充電電流が流れます。電源側の電圧が低くなると、コンデンサからの放電によりコンデンサの電圧が維持されます。このときの放電によるコンデンサの電圧の低下がリップル電圧になります。
コンデンサの容量を大きくするとリップル電圧は低く抑えられますがコンデンサを充電するリップル電流は大きくなります。このリップル電流は流れている期間が短いので、負荷電流による放電に見合った電荷を充電するためには、負荷電流より大きくります。
リップル電流の値を代数的に算出するのは、困難と思われますが、ここではおおよその値を概算し平滑回路の妥当性を検討します。
出力電圧1kV、出力電流(IL)100mA、負荷(R)10kΩ、コンデンサ(C)50μFの場合について検討します。電源側電圧がコンデンサ(VC)より高い期間τを無視すると、VCは半波の期間で減衰します。60Hzとすると減衰時間は8mSです。時定数CR=10×50=500mSとなります。時定数500mSでの減推量は63%ですので、8mSでの減推量は
expー(8/500)=exp-0.016=0.984
となり、出力電圧のリップル電圧は、1.6%ということになります。ここで、τの値を算出します。
arcsin0.016=9(°) τ=8×9/90=0.8(mS)
放電時間を8mSとしましたが、ここで充電時間τを引くと、充電時間0.8mS、放電時間7.2mSとなりコンデンサリップル電流は、負荷電流の9倍ということになります。コンデンサの容量を1/2にするとリップル電圧が倍になり、τも倍になるのでリップル電流は1/2になります。(1)(2)
前項で、コンデンサリップル電流を概算しましたが、実際には電源トランスに内部抵抗がありますので、リップル電流は制限され出力電圧は低下します。シュミレーションソフトLTSPICEを用い、実際に近い回路でリップル電流を確認します。
使用する数値は次の通りです。これは出力管にUV-211を用いたシングルアンプを想定いています。
C:50μF、R(負荷抵抗):8300Ω(負荷電流120mAに相当)、トランス巻線抵抗:50Ω
電源電圧:1064Vpp(380x2Vrms)
コンデンサへのリップル電流の定常状態のピーク値は約800mAであり2.1項で概算した値よりやや小さくなっています。このパルス状のリップル電流が8mS周期で(60Hzの場合)流れることになりますが、これだけ大きいパルス状の電流が8mS毎に流れるとノイズの原因になることが懸念されます。
トランスの巻線に150Ωの抵抗R2(リップル電流低減用抵抗と呼ぶ)を直列に接続した場合のリップル電流の低減効果を確認します。
項目 | 低減抵抗R2無 | 低減抵抗R2有 |
---|---|---|
コンデンサリップル電流(ピーク値) | 800mA | 480mA |
起動時のコンデンサ突入電流(ピーク値) | 10.5A | 4.2A |
出力電圧(ピーク値) | 1022V | 952V |
出力リップル電圧(ピーク値) | 16V | 13V |
表2-1に示す通り低減抵抗R2はリップル電流、起動時のコンデンサ突入電流の低減に効果がります。低減抵抗を設けると出力電圧の低下はありますが、リップル電圧は逆に小さくなっています。
また、低減抵抗を設けた場合のシュミレーション波形を見ると、リップル電流の波形が低減抵抗の無い場合に比べてなだらかになっていることがわかります。これはコンデンサへの充電電流の時定数がR2の追加により大きくなったためです。これにより、リップル電流の内、高い周波数成分の比率が低減していることになるので、ピーク値の低減と合わせてノイズの低減が期待できます。
真空管を使用したオーディオアンプにおいても、電源の整流回路は真空管ではなくダイオードを使用するのが一般的です。一方、真空管による整流回路を用いたアンプに魅力を感じるという意見も多くあります。
ここでは、平滑用コンデンサへのリップル電流、ダイオードにおける極性反転時の逆電流に注目し真空管の利点について述べます。
ダイオードで整流する場合、極性反転時のダイオードのリカバリー時間(逆回復時間)において、逆方向に電流が流れる現象があり、この電流を逆電流と呼んでいます。
今、D1とD4が導通状態であるとする。トランスの出力電圧が低下しダイオードに対する極性が反転するとD1とD4は非導通状態になるはずですが、このときリカバリー時間の間、D1とD4も導通状態が維持されます。するとこの間はD1~D4のダイオードでトランスとコンデンサ間が短絡されることになります。D1とD4に逆方向に流れる電流を逆電流と呼んでいます。この逆電流はリカバリー時間経過後ダイオードによりカットオフされます。(3)(4)(5)(6)
高速リカバリーダイオードと呼ばれているもののリカバリー時間は、製品により大きく異なっていますが、1μS以下には収まっていると思われるので、ここでは1μSとして検討を進めます。
概算ということで、トランスの誘導リアクタンス等は無視し巻き線抵抗Rのみを考慮しシュミレーションソフトLTSPICEでシュミレートしてみます。
トランス出力電圧の低下とともにコンデンサ電圧との間の電位差が電圧源となります。トランス出力電圧がコンデンサ電圧より低くなる位相は2.(4)のシュミレーションでは、およそ135°ですが、ここでは簡略化のため、δv/δt が最大となる位相0°で、コンデンサの電圧は一定としてシュミレーションを行ないます。
極性反転から1μS後の逆電流の値は、10mA程度で大きな値ではありませんが、リカバリー時間が長くなると時間とともに大きくなります。また、リカバリー時間後のカットオフ時には、トランスの端子間に次式で表される逆起電力V が発生します。
V = Lδi/δt
V:逆起電力
L:誘導リアクタンス
i:カットオフ時の電流
この逆起電力がノイズの原因になることが考えられます。ただし上式の通り、逆起電力は、δi/δt すなわちカットオフ時の電流とダイオードのカットオフ特性に依存しているので、算出は困難ですが、低減方法としては、次のようなことが考えられます。
①リカバリー時間の短いファーストリカバリーダイオード、さらに高速なショトキーバリアダイオードを使用し、カットオフ時の電流を小さく抑えます、
②3.(4)項で示したリップル電流低減用抵抗を逆電流の経路に設け、逆電流を小さな値に抑えます。
整流用真空管またはTV用ダンパー管(以後整流管と略す)を図4-1に示すように整流用ダイオードとコンデンサの間に設ける回路が、雑誌の製作記事で発表されています。(7) おもに、回路の都合での出力管のプレートへの電圧の印加の遅延、起動時のコンデンサ突入電流の抑制を目的としているようです。この整流管のプレート抵抗は数10~数100Ωと思われ、このプレート抵抗が3項で示した低減抵抗の働きをし、リップル電流のピーク値の低減、高い周波数成分の低減の効果があると思われます。プレート抵抗の値では不足する場合は、低減抵抗と併用することも考えられます。また3項で述べたダイオードの逆電流も整流管により回避されます。(8)
図4-2は整流用真空管またはTV用ダンパー管で整流を行う回路例です。この場合も(1)項で述べたコンデンサへのリップル電流ピーク値の低減、高い周波数成分の低減の効果、ダイオードの逆電流を回避する効果があります。
図4-3は、整流用真空管またはTV用ダンパー管とダイオードの両方で整流を行う回路例です。この場合も(1)項で述べたコンデンサへのリップル電流ピーク値の低減、高い周波数成分の低減の効果、ダイオードの逆電流を回避する効果があります。
項目 | ダイオード | 整流管(図4-1,4-2,4-3) |
---|---|---|
① 起動時のコンデンサへの突入電流 | 電流経路のインピーダンスが小さく大きな突入電流が流れる | ヒータの加熱により除々に電流が増え、突入電流は抑えられる |
② 出力管のプレート電圧の印加の遅延 | 不可 | ヒータの加熱の立ち上がり時間により出力電圧の遅延が可能 |
③ コンデンサへのリップル電流 | 電流経路のインピーダンスが小さく大きな電流が流れる | 整流管のプレート抵抗(数10~数100Ω)で制限され電流値を小さくできる。 |
④ 逆電流 | 逆電流のカットオフ時にサージ電圧が発生しノイズの原因になる。 | 整流管では発生しない。 |
表4-2に整流をダイオードで行う場合と整流管で行う場合の違いをまとめました。整流管は、寸法が大きい、発熱量が大きい、電圧降下が大きいという欠点はありますが、上表の通り優れた点があり、また表中③コンデンサへのリップル電流の低減や④逆電流の回避はノイズの低減にも効果が見込めます。
真空管アンプの電源は、トランスの出力電圧を少し高く設定し、整流に真空管を使用するのは有益です。
コンデンサへのリップル電流と逆電流について述べてきました。特にリップル電流に対する対策は、あまり注目されていなかったように思われます。電源における回路方式としては、次の2種類から選択し採用していく予定です。
ショトキーバリア.ダイオードを使用すると、逆電流の問題がほぼ解決します。ただし、平滑用コンデンサへのリップル電流と起動時の突入電流を抑制するために、電源側にリップル電流低減抵抗を設けます。リップル電流低減抵抗による電圧降下があるので、トランスの出力電圧をその分高く設定します。
ショトキーバリア.ダイオードは、使用できる電圧、電流に制約があります。整流用真空管を使用すると、逆電流の問題が解決し、コンデンサへの起動時の突入の問題も解決します。コンデンサへのリップル電流の低減効果も見込めますが、不足する場合はリップル電流低減抵抗を設けます。整流用真空管とリップル電流制限抵抗による電圧降下がありますので、トランスの出力電圧をその分高く設定します。