トーンコントロール再考

 トーンコントロールは、高域と低域に分けてゲインを増減し、リスニング環境の特性を補正する、好みの特性に色付けする等、色々な使われ方をされると思いますが、どれもあまりしっくりしません。高忠実度再生に反するということで使用しないという選択も、もっともだと思います。

CR形トーンコントロール
新しいトーンコントロールのシュミレーション結果

 トーンコントロールの目的が曖昧なように思います。特性も高域と低域をなんとなく増減できるというもののように思います。ここでは、トーンコントロールの目的を、次の2つに整理しました。
①音量を絞ると聴覚の特性で低域が削がれるので、低域を補正する。
②加齢により高域が聞き取りにくくなるので、高域を補正する。
 このように考えると、特性の目標もはっきりとし、気持ちよく使うことができます。トーンコントロールを復活させたい想いです。


2022年4月掲載


一般的なCR形トーンコントロール(1)(2)


AE形のCR形トーンコントロール回路

CR形トーンコントロール
一般的なAE形のCR形トーンコントロール回路

 コントロールアンプ、メインアンプ全体を負帰還をしない構成としたいのでトーンコントロール回路も負帰還を用いないCR形とします。一般的なAE形のCR形トーンコントロール回路は上図のように、VR1がBASS、VR2がTREBLAの調整用でボリュームの12時の位置でフラットになり、左へ回すと下降、右へ回すと上昇となっています。ただ、フラットな特性になるには、BASSの場合VR1の摺動子で上下に分け、このVR1の上下の比率とC1,C2の比率、さらに全体での上下の比率が同じである必要があります。TREBLEの場合も同じようなことがいえます。さらに前段の出力インピーダンスより充分大きく、次段の入力インピーダンスより充分に小さい必要があります。これは難しい課題で実際には12時の位置でフラットにならず、山や谷のある周波数特性になることがあるようです。

英国形のCR形トーンコントロール回路

CR形トーンコントロール
英国形のCR形トーンコントロール回路
1:FALL, 2:FLAT、3:RISE

 AE形は、1つのボリュームで上昇と下降を兼用するところに無理があります。前作“3A5真空管コントロールアンプの制作"では、上昇と下降をスイッチで切り替える英国形と呼ばれている方法(2)を採用しました。


RISE特性のみのCR形トーンコントロール回路


CR形トーンコントロール
RISE特性のみのCR形トーンコントロール回路

 BASS、TREBLEともにRISE特性は使用していますが、FALL特性を使用したことはなく、今後も必要性は低いと思われます。、英国形のCR形トーンコントロール回路をRISE特性のみにすると回路を簡潔にできます。
 繰り返しになりますが、高域を補正し10代の感性を取り戻そうで述べたように、低域は音量を絞ったときに持ち上げて補正したくなります。また高域は加齢による聴力の変化に対応するための補正が必要になると思います。これらの特性にできるだけ近いトーンコントロールを制作したいと思います。上の回路図の抜粋でC3は20kHz以上での膨らみを抑えるために追加しました。CRの数値も一部変更しています(2)。


トーンコントロールとラウドネスコントロール


ラウドネスコントロール

等ラウドネス曲線
等ラウドネス曲線(3)(新規格 国際規格ISO226:2003)
等ラウドネス曲線変形
90phonの等ラウドネス曲線に対する各音圧での差異
(4kHz以上は80phonの値に対する差異)

 上図は、高域を補正し10代の感性を取り戻そうよりの抜粋です。等ラウドネス曲線(3)を90phonの等ラウドネス曲線に対する各音圧での差異(4kHz以上は80phonの値に対する差異)を表すように書き換えたもので、音量を絞ると低域が削がれることを示しています。高域は90phoneから60phonに絞って若干の影響がある程度です。これを補正することをラウドネスコントロールと呼んでいます。
 元々、ラウドネスコントロールは音量ボリュームと連動し、トーンコントロールとは別に設けられていたと思いますが、すっかり見かけなくなりました。

BASSのRISE特性によるラウドネスコントロール

 ラウドネスコントロールの低域の補正機能をトーンコントロールのBASSのRISE特性で置き換えることを試みます。高域はTREBLEの補正に含められると思います。音量ボリュームとは連動しないので手動で調整します。
 LTspiceでシュミレートした結果は下図の通りです。BASSの調整ボリュームR2をMAXに近い値にしたときは、周波数が低くなるにつれて補正量が大きくなっていますが、ボリュームR2を絞った状態では、周波数が低くなっても補正量があまり変化していません。ボリュームの抵抗値の変化のみでは、これ以上特性を近づけることはできませんでした。

CR形トーンコントロール
R2を変化させるBASS特性のシュミレーション回路
前段の出力インピーダンス:10kΩ
CR形トーンコントロール
R2を変化させたBASS特性のシュミレーション結果

BASSのRISE特性によるラウドネスコントロール 改良形

 ロータリースイッチを使用して抵抗とコンデンサをセットで変化させることにします。複数の変数をセットで変化させるときは、LTspiceの.stepコマンドと配列を組み合わせると大変便利です。”LTSpiceの使い方 小技その11”(4)を参考にしました。詳しく説明されています。
 シュミレーション結果は、ラウドネス曲線の補正としてかなりよくなりました。20Hz辺りまで周波数が低くなるにつれて補正量が大きくなっています。6接点のロータリースイッチを使用すると、3dBステップでMAX約15dBの補正になります。

CR形トーンコントロール
R2とC1を変化させるBASS特性のシュミレーシ回路
前段の出力インピーダンス:10kΩ
CR形トーンコントロール
R2とC1を変化させたBASS特性のシュミレーション結果

トーンコントロールと加齢による高域での聴覚の低下


加齢による高域での聴覚の低下

加齢による可聴値の変化
加齢による可聴値の周波数特性の変化
(立木孝他、日本人聴力の加齢変化の研究(5)に改変を加える)

 上図は、高域を補正し10代の感性を取り戻そうより抜粋した加齢による可聴値の周波数特性の変化を表したもので、加齢により高域が聞き取りにくくなることを示しています。前項の”90phonの等ラウドネス曲線に対する各音圧での差異”とは少し異なった曲線です。

TREBLEのRISE特性での加齢による高域での聴覚の低下の補正

 TREBLEのRISE特性でこの補正を試みます。ボリュームR5の抵抗値を変化させた場合のLTspiceでのシュミレーション結果は下図の通りです。”加齢による可聴値の周波数特性の変化”の補正としてかなり近い曲線です。高域でFALL特性が現れていますが、C3により高域をカットしていることによるものです。高域を延ばしてもあまりいいことはないように思っています。

CR形トーンコントロール
R5を変化させるTREBLE特性のシュミレーション回路
R5:0.1 2.6k 6.4k 16k 40k 100kΩ
前段の出力インピーダンス:10kΩ
CR形トーンコントロール
R5を変化させたTREBLE特性のシュミレーション結果

新しいトーンコントロールの総合特性


 BASSとTREBLEを合わせた総合特性をシュミレーションします。R2、C1、R5をセットで変化させます。改良点は色々あると思いますが、一応納得できる特性が得られましたのでこの回路で制作することにします。

CR形トーンコントロール
トーンコントロールの総合特性のシュミレーション回路
前段の出力インピーダンス:10kΩ
CR形トーンコントロール
トーンコントロールの総合特性のシュミレーション結果

 “6FQ7真空管コントロールアンプの制作"で使用した回路を下図に示します。

回路図
回路図 (12AU7では実機未確認)

後記


 "6FQ7真空管コントロールアンプの制作"で、この新しいトーンコントロールを組み込み気持ち良く使っています。BASSとTREBLEのつまみを回しながら、どこまで回したら良いのか疑問を持ちながら調整していましたが、今回の検討で補正すべき基準がはっきりしました。
 音量を少し絞ると低域が削がれます。BASSのツマミを回すと低域が増えますが、しばらく聴いていると低域を補正したようには感じなくなります。TREBLEもBASSと同じようにツマミを回しても、しばらく聴いていると補正したことを感じなくなります。今回制作した特性が自然なのではないでしょうか。


参考文献


(1)長 真弓 『真空管アンプ設計製作自在 全面改訂版』2009年 誠文堂新光社
(2)上杉佳朗 『管球王国』2007年 Vol44』 誠文堂新光社
(3)鈴木陽一他、”2次元等ラウドネス曲線の全聴野精密決定 ” http://www.nedo.go.jp/content/100084730.pdf(閲覧 2018年8月20日)
(4)伝説のSpice LTSpiceの使い方 小技その11 https://www.youtube.com/watch?v=sT_qJ-84haQ&feature=youtu.be 2020年11月21日閲覧
(5)立木 孝 他 、”日本人聴力の加齢変化の研究”、Audiology Japan 45,241~250,2002 https://www.jstage.jst.go.jp/article/audiology1968/45/3/45_3_241/_pdf(閲覧2018年8月20日)