B電源とヒーターの平滑回路にチョークコイルを追加しハムノイズの低減を図りました。“旧版はこちら"
現在使われているカートリッジは主に、MM(ムービングマグネット)形とMC(ムービングコイル)形の2種類です。
コイルの中の磁石の振動により信号を取り出しています。私の使用しているGrace F-8Lでは出力は約5mV(50mm/sec、1000Hz)となっています。
磁石が作る磁界の中のコイルの振動により信号を取り出しています。可動部を軽くできるので応答性がよいと言われています。軽量化のためコイルの巻き数を多くできないので出力電圧は低くなります。私の使用しているDENON DL-301Ⅱでは出力は0.4mV(50mm/sec、1000Hz)となっています。MC形は真空管で増幅するには出力電圧が低いので、トランスで昇圧することもあります。私は昇圧トランスOrtofonのT-30を使用しています。ゲインは20dB(10倍)です。
DENON DL-301Ⅱの場合について考えたいと思います。DL-301Ⅱの出力電圧は、0.4mVです。昇圧トランスT-30の出力は10倍の4mVとなります。コントロールアンプの入力は、基準値が200mV、最大値が2Vとしています。従ってフォノイコライザーアンプとしては、1kHzで、4mV(基準)~40mV(最大)の入力を200mV~2Vに増幅するということになり、50倍のゲインが必要ということになります。カートリッジにより出力電圧は異なりますので少し余裕を見るとゲインは100倍(40dB)は必要ということになります。簡単に2倍の余裕と言いましたが、カートリッジによる出力電圧の差は2倍以上あり、実際に使用するカートリッジと昇圧トランスの仕様を確認しておく必要があります。
レコードの原盤の溝をカッティングするとき、フラットな周波数特性で行うと低域と高域の振幅の差が大きく、低域の振幅をレコード盤の溝の間隔等の制限に合わせると高域の振幅が小さくなりすぎ、ノイズに埋もれることになってしまいます。そこで、周波数が低くなるほど振幅を絞ってカッティングされています。当初このカッティングの時の周波数特性はレコード会社により異なっていましたが、1952年にアメリカレコード協会(Record Industry Assosiation of America)によりRIAA規格が制定され統一されました。この低域を絞ってカッティングされたレコードをフラットな周波数特性に戻すイコライジングカーブを持ったアンプをフォノイコライザーと呼んでいます。
ここではRIAA規格のレコードを再生するフォノイコライザーを検討します。RIAA規格に対応していないレコードを再生する場合は、イコライジングカーブをレコード会社ごとに変える必要があります(5)(6)
素朴なシステムを目ざしているので、NFB(ネガティブフィードバック)は使用せず、CR形のフォノイコライザーを検討します。上の図は、代表的なCR形フォノイコライザーの回路です。ノイズの影響を小さくするために、12AX7等の増幅率の大きい真空管を用い増幅した後にCRによる減衰回路を設けます。この減衰回路はロールオフ(RO)と呼ばれる部分とターンオーバー(TO)と呼ばれる部分から構成されています。それぞれの特性は下の図のようになり合わせると上の図のRIAAイコライジングカーブになります。
12AX7の増幅率は100ですが、このような増幅率の大きな真空管を使用すると初段で信号を大きく増幅できノイズに対し有効です。1段で30dBのゲインを得ることが可能なら、二段の増幅で60dBのゲインが得られます。基準となる1kHzの信号についてみてみると、ターンオーバー回路で20dBの減衰があっても全体で40dBのゲインが確保できます。
3A5は増幅率が15しかなく、信号レベルの低いフォノイコライザーの初段には適さないといえます。基準となる1kHzの信号では、ターンオーバー回路で20dBの減衰があるので、全体で40dBのゲインを得るには、60dBの増幅をする必要があります。1段でゲインはおよそ20dBなので、2段では不足で3段にする必要があります。直熱三極管を使用して素朴なシステムを作りたいといいましたが、無謀な挑戦でもあります。
JEITA(電子情報技術産業協会規格)CP-1203(7)で、カートリッジの最大出力はMM形で35mVrms、MC形で2.8mVrmsとなっています。MC形の場合トランスで10倍に昇圧すると28mVになります。最大出力が35mVであれば、3A5の2段増幅での出力は3.5Vで問題はありませんが、出力電圧の大きなカートリッジもあります。SHURE M44-7は、公称出力電圧が9.5mVで最大出力は67mV~86mVという記載もあります(8)。
3A5の2段増幅で信号レベルを上げてから、ロールオフとターンオーバー回路で減衰させるとノイズに対しては有利になります。この場合、2段のゲインが40dBとなり、12AX7を使用した場合の初段よりゲインが大きくなります。カートリッジの出力が100mVとすると2段増幅の出力は10Vrmsとなり、クリップはしないもののあまり余裕はありません。ほとんどのカートリッジでは問題にならないでしょうが気にはなるので対策したいと思います。
3A5の2段増幅回路の間にロールオフ回路を設ける構成にすると、高域に対しては2段目で増幅する前に減衰できます。中域(1kHz前後)での制限が必要ならば全体のゲインを下げる必要が出てきます。12AX7では多くの実績が発表されているので、12AX7と同等の出力になるように2段増幅回路の間で減衰させる方法が考えられます。この場合、全体のゲインが不足するかもしれません。
カートリッジの出力の周波数に対する分布は演奏に依存することでもあるので曖昧なままですが、初段のあとにロールオフ回路を設け高域を減衰させる構成で製作することにします。高域を減衰させながら低域を増幅することになり、3A5の増幅率が小さいことを生かせます。下の図が全体の構成です。あまり見かけない構成になりました。
具体的なCRの値をシュミレーションソフトLTspiceで計算してみました。回路にある6.6kΩは、3A5のインピーダンスを8300Ω、負荷抵抗を33kΩとして計算した等価抵抗です。おおまかな値は計算し細かいところは、カットアンドトライで詰めていきました。
CRの値が標準数から外れた半端な値になってしまいました。組み合わせで対処します。
CRの設定値による減衰カーブと、イコライジングカーブの規格値(6)との差異をLTspiceで計算してみました。規格値の±0.1dB以内に収まっています。ここで前段の出力インピーダンスは6.6kΩとし、次段の入力インピーダンスは無視しています。
直熱管なので、自己バイアス方式では3本の真空管のヒータをそれぞれ絶縁する必要があり、ヒータ回路は絶縁された3回路が必要になります。固定バイアス方式にすると絶縁する必要がなくなるので1回路ですみますが、バイアス回路に断線や接続ミスなどのトラブルがあると、真空管3本ともにダメージが波及する可能性があります。部品点数が増えますが自己バイアス方式に決めています。
直熱管では、ハムは直接信号に乗ってしまいます。“3A5真空管コントロールアンプ"では、3端子レギュレータを2段で使用しています。このフォノイコライザーアンプの裸利得は60dBです。3端子レギュレータNJM7812のリップル除去比 は61dB(MIN)(9)なので、3端子レギュレータを3段構成にするとリップルの影響は、“3A5真空管コントロールアンプ"と同程度になることが期待できます。
フィラメントの寿命は電圧による影響が大きいといわれており、電圧を少し下げると長寿命化が期待できそうです。電球の寿命に関して多くの報告があります(10)(11)。
ヒーター電圧は低めに設定しています。3A5は電池駆動です。定格は1.4Vですが電池が1.4Vを維持している期間は短く1.0V程度までの電圧低下は許容されているように思います。1.1Vで試してみましたがプレート電流の変化もあまりなく正常に動作しています。
リップル電流低減抵抗をB電源とヒータ電源の、トランス巻き線と整流器の間に設置しています。これは、始動時のコンデンサーへの突入電流、運転時のパルス状のリップル電流を低減しノイズの発生を抑え、コンデンサの寿命を延ばす効果があると考えています。詳細は“電源整流回路におけるリップル電流の低減方法”"を参照ください。
当初は、ハムノイズは実用上支障のない大きさと割り切っていましたが、次第に気になってきました、B電源とヒータ回路にチョークコイルを追加しフィルターの段数を増やしました。
電源トランスとしてB電源ヒーター共用(B電源用1回路とヒーター用1回路(16V 0.9A))のものと、ヒーター用2回路(16V 0.5A)のヒーター専用のものを使用しています。同じ平滑回路でもB電源ヒーター共用のトランスを使用した場合と、ヒーター専用のトランスを使用した場合で残留ハムノイズに大きな違いがありました。B電源ヒーター共用のトランスを使用した場合の方が残留ノイズが相当大きくなります。
トランスを遠くに離したり、磁気シールドをしても変化はありませんでしたので、漏洩磁束の影響ではなさそうです。B電源にはピーク値がトランスの定格を超えるコンデンサへのリップル電流が流れます。このリップル電流が原因ではないかと考えています。B電源ヒーター共用のトランスは、3段目のヒーターに使用することで残留ハムノイズへの影響を小さくできましたが、機会があればもう少し検討したいと思います。
3A5はマイクロフォニックノイズに弱いところががあります。前作の“3A5真空管コントコントロールアンプ”では、通常の使用では気になりませんが、アンプの近くで手をたたくと90~100dBの音圧(携帯の騒音計アプリの値で精度は不明)になりますが、スピーカーからポンと音が出ます。機械的な振動に対しては、真空管を取り付けているサブシャーシを防振ジェルシートを介して取り付ける等の対策をしましたが、冷却用に通気口を開けており音というか空気の振動には無防備でした。
直熱管は、フィラメントそのものが陰極になっているので、それだけ機械的に振動の影響を受けやすいのでしょう。スピーカーからフィードバックされるということなので、周波数により正帰還や負帰還が発生することになります。ノイズとして感じられなくても音質に影響すると考えられます。
フォノイコライザーは、およそ1kHzで40dB、低域で60dBのゲインとなるので、マイクロフォニックノイズの影響を、3A5真空管コントコントロールアンプ程度に抑えるには、60dB以上の遮音性能が必要ということになり密閉する必要があると思います。
マイクロフォニックノイズ対策として、真空管と信号回路の密閉を検討します。幸い、電池駆動である3A5は発熱量が大変小さく、電源部分を除いた真空管と信号回路のおおよその発熱量を計算してみます。
3A5のプレート損失は、プレート電圧=95V、プレート電流4mAとすると
95x0.004=0.38(W)/本
ヒータの発熱は、ヒータ電圧1.4V、ヒータ電流220mAとすると、
1.4x0.22=0.308(W)/本
プレート負荷抵抗の発熱は、33kΩ、プレート電流4mAとすると、
33000x0.0042=0.528(W)/本
合計発熱量は、プレート損失、ヒータの発熱とプレート負荷抵抗を合計すると
0.38+0,308+0.528=1.216(W)/本
真空管3本では、発熱量は 1.216x3=3.648 およそ3.6Wとなります。
密閉された防音箱を作ろうとしているので、金属以外の木材、ゴム、繊維などを使う必要がでてくると思います。これらの材料は、金属に比べ桁違いに熱伝導率が小さいので箱内の温度上昇が心配になります。
密閉容器の表面での通過熱量を検討します。ここでは、八光電機が公開しているプログラムを使用して計算します(12)。このプログラムの前提は壁を通過する熱量なので、密閉容器とは異なりますが、おおよその値は計算できるだろうと思います。熱伝導率を調べると、各種プラスチック、木材、ゴム:0.1~0.3、木綿:0.055、羊毛フェルト:0.052(W/mK) です。詳細は参考文献(13)を参照ください。ここでは0.05(W/mK)として計算します。容器の大きさは、 18(cm)x20(cm)x14(cm)の直方体とします。
密閉容器の表面積 0.18m2
容器内温度:30(℃)
外部の温度:20(℃)
表面の放射率:0.5
対流熱伝達率:7(W/m2K)
容器の壁の厚さ:1(cm)
材料の熱伝導率:0.05(W/mK)
計算結果:4.5(W)
この計算結果から、熱伝導率が0.05、厚さ1cmの材料で作った、大きさが18cmx20cmx14cmの直方体の密閉容器内の発熱量が4.5Wなら、容器内の温度は、10℃上昇するということになります。計算の前提条件が異なるので、かなり荒っぽい推計ですが、発熱量の合計が3.6Wの3A5真空管3本とその信号回路を、木材や羊毛フェルト等の熱伝導率の悪い材料で作った密閉容器に入れることは、可能と考えられます。
種々の材料の透過損失を調べてみます。建築音響工学の分野でデータが揃っています(14)。60dBの透過損失に近いものは次のようになります。
鉄筋コンクリートスラブ床厚さ10cm:52dB
鉄筋コンクリートスラブ床厚さ10cmに4cmのアスファルト塗:56dB
60dBの透過損失を実現することは、現実的ではないようです。容器を二重にすることを検討してみます。種々の材料の透過損失はつぎのようになります。
アルミ板0.635mm厚:18dB
亜鉛メッキ鉄板0.73mm厚:29dB
ベニヤ板(3枚張り)6.4mm厚:26dB
60dBは目標が大きすぎるようですが、二重にすることで出来るだけ60dBに近づけるということで進めます。
密閉性を確保するために、操作スイッチ類を無くします。また、操作スイッチ類を無くすと、レコードプレーヤーの近くのどこにでも置けるようになります。レコードプレーヤーの切替は“フォノセレクター”に分離します。電源スイッチとヒューズも“フォノイコライザーアンプ用電源スイッチボックス”に分離します。
マイクロフォニックノイズの対策として発熱の多い電源回路は分離し、信号回路は密閉したいと思います。信号回路は、二重の密閉ケースに納めます。RCAケーブルや電源の電線は、密閉性を保つためにコネクターは使用せずに直出しにします。
次の写真は、塗装前のアウターケースの蓋と背面板を外して、インナーケースをセットした状態です。
厚さ2mmのアルミ板とアングルで作ります。アルミ板とアングルは横山テクノで切断品を購入しました。
次の写真は、蓋を外して増幅回路の取付板を引き出した状態です。黒い塊は重さ1個850gの錘です。インナーケースの前後に取り付けます。
インナーケースと同様に厚さ2mmのアルミ板とアングルで作ります。内側に防振ゴム(厚さ10mm)を貼り付けます。このゴムは機械の下に敷いて振動を防ぐ硬めのもので、吸音用のスポンジ状のものではありませんが、詳細は不明です。ゴムの加工が精度よくできないので、隙間を充填剤で埋めます。
次の写真は、塗装前のアウターケースにインナーケースをセットし、蓋を外した状態です。
汎用のシャーシ(250x150x80 奥澤)、アルミ板(2mm)、アルミアングルで制作します。アルミ板とアングルは横山テクノで切断品を購入しました。
発熱量はそんなに大きくないので、特別な冷却機能は必要ないのですが、メンテナンスフリーで長寿命を実現するには温度を下げることが重要だと思っており、冷却性能の高いケースの制作を試みます。思うような寸法の冷却フィンが市販されていないようなので、アルミのアングルで制作します。
ホワイトノイズを常用している装置で再生します。騒音計等の計器は持っていないので、携帯電話のアプリでの測定ですが、目安にはなると思います。
真空管や電子部品を取り付ける取付板をはずして、ケーブルも接続しない状態で、携帯電話を中に入れて測ります。減衰量はおよそ30dBです。思ったより大きな値です。
インナーケースと同様な携帯電話での測定で、減衰量はおよそ30dBです。内側のゴムは貼り付けているので、ゴムの有無の差は測定できませんでしたが、インナーケースとの比較では、ゴムの効果はあまり無いようです。ただ、ケースが大きく、各面の面積が大きいのですが同じ厚さ2mmのアルミ製です。面積が大きい分をゴムが補っているとも思えます。
インナーケースとアウターケースを組み合わせた状態では、減衰量が大きく測定は難しいので実施していません。単純に合計すると60dB程度の減衰が期待できそうです。
入出力のRCAケーブルは、インナーケース背面板の穴、アウターケース背面板の穴を通し、アウターケース背面板の外側に設けたRCAジャックに接続します。電源線は、同様にインナーケース、アウターケースの穴を通し、そのまま電源ユニットまで伸ばし、コネクターで電源ユニットに接続します。
内側に貼り付けたゴム板の厚さが10mmあるので、ゴム板に小さめの穴を開けケーブルを押し込むと密閉状態を維持したままでケーブルを貫通できます。
上の写真は、本体の蓋とコネクター部分の蓋を外して後方から見たものです。
上の写真は、アウターケースからインナーケースを引き出し、インナーケースの蓋を外した状態です。側面に見えている黒い帯状のものは幅4cmの防振用のブチルゴムです。
取付板の上面には、真空管とプレート回路、バイアス回路の部品を配置し、その他の部品は裏面に配置します。両面に配置すると真空管ソケット周囲が混みあわず配線を短くできると思います。
上の写真は、インナーケースから取付板を引き出し、下から見たものです。
電源ユニットの蓋と底板を外した内部の様子です。
厚さ10mmの防振用硬質ゴムをアウターケースの内側に張り詰めましたが、インナーケースの天井部分で、温度上昇は最大8℃です。ほぼ計算通りで、問題はない値です。
当初は、通常のボリューム位置で、耳をスピーカーにつけると、ハムノイズとサーという熱雑音が、わずかに聞こえました。ハムノイズと熱雑音は同じ程度の大きさで、耳をスピーカーから少し離すと聞こえなくなり実用上支障はない大きさでしたが、平滑回路の増強(2024年5月更新)により、ハムノイズは納得できるレベルに低減しました。
前作の“3A5真空管コントコントロールアンプ”では、通常の使用では気になりませんが、アンプの近くで手をたたくと90~100dBの音圧(携帯の騒音計アプリの値で精度は不明)になり、スピーカーからポンと音が出ます。今回のアンプでは、手をたたく音には、反応しません。
ケースを直接叩くとスピーカらコンと音が出ますが、アンプを置いている台を軽く叩く程度ではスピーカーは反応しません。マイクロフォニックノイズは支障のない値と言えると思います。
3A5をフォノイコライザーアンプに使用するにあたり、新しい試みを幾つか行いましたが、なんとかまとまったと思います。
マイクロフォニックノイズを気にせずに使用できています。ハムノイズも実用上支障のないレベルではあったのですが、平滑回路の増設(2024年5月更新)により納得できるレベルに低減しています。
"UV-211送信管パワーアンプ”、“3A5真空管コントロールアンプ"と接続すると、全段に直熱3極管を無帰還で使用した再生システムになります。自然な聴きやすい音が出ているように思います。